なんだか毎年この時期は同じようなことやってるような気もするけれど。九月、気がついたらまた一度もブログ書いてなかった。忙しかったのだ。ほんと。
二学期が始まって週一の日本語の授業もあるし、アガッシ(夫の妹)の結婚式があったので、それがらみでなんやかやとわたしも借り出されたり用事ができたり。
そんなばたばたの毎日の合間に、素敵な小さな休暇があった。日本から大学時代の友達が遊びに来てくれたのだ。
入学同期で大学時代はほんとに仲良くて、なぜか卒業はみんなばらばら(笑)だったけど、その後も時々連絡とって日本やロシアや韓国で再会したりしていたのだけど、わたしはこの数年誰とも全く会えなかった。子供たちも小さいし、帰国しても実家のある福岡と、友達のいる東京や大阪はとても離れているし。
そしたら、「じゃあ、わたしたちが行こうか?」と韓国までやってきてくれた。五人全員が集まるのはわたしの結婚式以来。インサドンをふらっとしたり、サウナ行ったりもしたけれど、観光らしい観光もせず、ただひたすら食べて飲んでしゃべって・・・他愛ないおしゃべりはいつまでもつきず、ほんとに楽しかった。最後に、いつも飲み会になると出てくる大ネタ(?)、御堂筋線終電お好み焼き事件もやっぱり忘れず出てきた。青春の1ページだ。(それですませていいのか?)
ときどきふっと自分たちの歳に気付かされてどきっとしたけれど。考えてみれば、あの頃の倍の年齢になっているわたしたち。どきっ。「写真じゃみんな変わらないよね?」とほざくメンバーも一部いたけど、それはそれで問題ありかも?(笑)
わたしもホテルに一緒に泊まって過ごした一泊二日。ほんとに楽しくて楽しくて、その後数日、頭がいつもの生活に戻ってくれずに苦労した。
韓国まで来てくれてどうもありがとう。次は温泉ね。

あー、まぁ、ちかっぱいどーでもいーことかもしれんけど、平成元年生まれの人が今年高校卒業したって知っとった???
今某所で見てちかっぱいショック受けたっちゃけど・・・
平成元年っつったら1989年。1989年1月8日から今現在(2007年7月5日)までが平成(ちなみに、もっかいどーでもいーことやけど、わたしは昭和64年の500円玉を持っている)。ええと今が平成何年かってのは訊かんとって。知らんけん。
大きな声で言いたいとか言いたくないとか知らんけど、平成元年にわたしは高校卒業した。バブルはじける前で、というより全盛で、世の中はじけてた。楽しかったとってー大学2年までは。
あのとき赤ちゃんやった人が、高校卒業したと???
ががーん・・・
ぢぶんの歳、思い知りました・・・(いやまだ十分若いっちゃけど。日本人女性の平均寿命の半分もきとらんし。あーこげなんしゃーしー)
思えば、わたしは人生を何度もリセットしているような気がする。
中学時代いじめられていたわたし。と、言うと、大抵「えーっ、いがーい」と言われるが、自分ではいじめのターゲットになりやすいタイプだよなあと思っている。もし今あまりそう見えないのだとしたら、リセットが成功したのだろう(一部ではあれはお世辞?ではないかという気もしないではないが)。
とにかく、中学時代、わたしは三年間いたるところでいじめられ、仲間はずれにされ続けた。一年のときは部活でいじめられ、二年になると部活でのいじめと同時進行でクラスでも仲間はずれにされ、三年になってもやっぱりまだ部活ではトラブルが耐えなかった。荒れた学校で、先生たちは不良グループを丸め込むのに必死で、地味な子の部活でのいじめ(クラスと違って目に付きにくい)に気を配る余裕がなかったのかもしれない。
部活では、いじめられて仲間はずれにされたわたしに同情して受け入れてくれた別のグループの子達が、その後やっぱりわたしを仲間はずれにした。着替えに使っていた教室でわけもなく締め出しを喰らい、悔しくて悔しくてラケットを廊下に投げつけたら、フレームがぼろぼろに折れてしまったこともあった。そしてそれを見て彼女たちはまたわたしをあざ笑った。また、あるグループでボス格でわたしをいじめたのは、小学校のころよく一緒に遊んだ隣の家の子だった。
クラスでは、最初6人で仲良くなったはずのグループの一人が転校した後から、それまでも少し浮き気味であったわたしは完全にはみ出し者になった。交換日記はわたし抜きの四人で始められた。彼女たちはそれに気づいたわたしに「ノート買ったとき、いなかったから・・・」と言い訳した。
そういえば数年前、妹の勤めていた保育園の父兄の一人がわたしの中学の同級生であることがわかり、妹が「帰国したら是非連絡してって言ってたよ」と伝えてきた。中学時代の知り合いとは完全に連絡を絶っているわたし。名前を聞いてみると、このときのメンバーの一人だった。彼女にはいじめたという意識はなかったのかもしれない。もちろんわたしは彼女に連絡などしなかった。
とにかく、周りの環境に心底嫌気がさしたわたしは、高校デビューしようと決意した。荒れたその中学は、当然のことながらあまり学力レベルが高いとは言えなかった。学区で一番難しい高校には毎年2〜3人しか受からない。そこに行って、いじめられたわたしを知らない人たちの中で人生リセットするしかないと思った。
動機が良かった(?)のか、ぎりぎりのところでわたしはその高校に合格して新しい生活を始めることができた。一生懸命明るく振舞って友達もいっぱいできて、クラスでも部活でも楽しい高校生活だったと思う。ただ、女の子たちの中での人間関係にばっかり気を使っていたわたしは、男の子とは意識しすぎてほとんど口をきくことができなかった(なのになぜかBFができたりもしたけれど)。
それで、大学に入ったら今度は男の子と気軽に話せるようになろう!という目標を掲げた。これが二度目のリセット。髪を伸ばして化粧をし、男の子とも気兼ねなくおしゃべりできるよう頑張った。クラスの中でもお洒落できれいな外見の女の子たちと親しくなった(もちろんその後わかったことだけど、彼女たちは外見だけじゃなくて中身もとっても魅力的。今でも連絡を取っているけれど、わたし以外はみんな働いていて、その姿は本当にかっこいいなあと思う)。
下らないといえば下らない。つまりはわたし、男の子にもてたかったわけだ。それはそれなりに成功したかもしれないけど、大学は勉強するところなのにわたしってば完全に目標を見失ってたなあ。
それで就職があんまりうまくいかずに(バブル崩壊に直面したというのもあるが)すぐやめてしまい、やっぱり勉強だ、そうだ、ロシアに行こう!と思い立って、(中略)、今に至る。仕事やめてロシアに行ったのも、うまくいかなかった就職をリセットしようと思ったわけだ。
これって、考えてみるとつまりは現実逃避。今の生活が嫌でなんとかやり直そうとして、リセットを試みる。安易な方法である。現実に踏みとどまって問題と直面して乗り越えようとする根性が、わたしにはないらしい。
ハップモ生活のストレスから、今わたしは無性に今の生活から逃げ出したくてたまらない。はーっとため息をついては、駐在の話なんて来ないかしら(ありえない)、せめて引越しできないかしら(問題山積みすぎ)と模索して、結局もう一回ため息をつく。
今度もリセットはなるのか。それとも今度こそ困難を自分の力で乗り越えなくちゃいけないのか。


